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福岡高等裁判所 平成7年(う)440号 判決 1996年3月05日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人芦塚増美提出の控訴趣意書及び控訴趣意補充書に、これに対する答弁は、検察官中野佳博提出の答弁書に、各記載されているとおりであるから、これらを引用する。

第一  控訴趣意中、理由不備及び訴訟手続の法令違反の論旨について

所論は、要するに、本件においては、被告人が平成五年七月二一日、懲役六月、三年間保護観察付刑執行猶予の判決を受け(同年八月五日確定)、この保護観察の仮解除が平成七年五月一二日に発効し、本件無免許運転は同年六月二五日の犯行であり、同年八月三一日に右仮解除の取消しが発効し、同年一〇月三〇日に原判決の宣告がなされたのであるが、原審での論告と弁論において、本件に刑法二五条の二第三項の適用が可能かどうかが争点とされていたのに、原判決がこの争点に何ら触れていないのは、判決に理由がないものであり、仮にそうでないとしても、判決に影響を及ぼすべき訴訟手続の法令違反がある、というのである。

しかし、本件に刑法二五条の二第三項が適用され、再度の刑執行猶予を付することが可能であるという弁護人の主張は、刑訴法三三五条二項に規定されたいわゆる必要的判断事項には該当しないから、原判決がこの点について判断を示していないことが、判決に理由がない場合に当たるとはいえないし、また、この点の判断がなされていないことをもって、訴訟手続の法令違反であるということもできないから、論旨は理由がない。

第二  控訴趣意中、量刑不当の論旨について

所論は、要するに、本件においては被告人に対し再度の刑執行猶予の言渡しをすることが法解釈上可能であるとともに、その言渡しが相当であるのに、被告人を懲役三月の実刑に処した原判決の量刑は重すぎて不当である、というのである。

そこで、まず、本件のように、保護観察の仮解除中の犯行に対し、裁判時に右仮解除が取り消されていた場合に、再度の刑執行猶予の言渡しが法解釈上可能かどうかについて、当裁判所は、これを積極に解する(けだし、仮解除の取消決定は、保護観察の実施面が再開される意味をもつにとどまり、対象者が保護観察を通じての更生に不適である旨の判定をするものではないことや、刑法二五条の二第三項により配慮されていた「仮解除中の犯行に関する不利益の除去」が、行政機関の行う「仮解除の取消し」の有無・遅速という偶然・裁量のからむ後発の事情により左右されることの合理性に乏しいことを理由とする。最高裁判所判例解説刑事篇昭和五四年度、一四頁参照)のものである。

したがって、本件において、量刑の問題として再度の刑執行猶予の言渡しをするのが相当であるか否かについて検討を進めるに、原審記録に当審における事実取調べの結果を併せ検討すると、本件は、被告人が平成七年六月二五日午前零時三一分ころ、佐世保市内の道路で普通乗用自動車を無免許運転した事犯であるが、被告人は、平成四年九月三〇日、二件の無免許運転について、各罰金七万円の二個の略式命令を受け、平成五年七月二一日、自動二輪車の無免許運転と共同危険行為を内容とする道路交通法違反罪により懲役六月、三年間保護観察付刑執行猶予の判決を受け、平成七年五月一二日に右保護観察の仮解除が発効していたとはいうものの、未だ刑執行猶予期間中であったのであるから、決して無免許運転を繰り返すことのないように厳に自重すべきであったのに、自戒することなく本件無免許運転を敢行したものであり、被告人は、本件無免許運転に至った事情として、被告人の妻が免許を取得して間がなく、車両のバックについては特に不慣れであり、駐車場にとめていた被告人夫婦の車両の両側に余裕を置かずに他の車両が駐車しており、その前に軽い接触事故を起こしたばかりであった妻が被告人に対し、駐車位置から被告人らの車両をバックで出すことを依頼したことから、被告人が運転席に乗り込み、本件無免許運転に至ったというのであるが、そのような事情があったとしても、無免許であった被告人が道路で自動車を運転することが許されるはずはなく、仮にどうしてもバックが妻の手では困難であったというのであれば、挟まれた状態から自動車を出したところで、当然運転を妻と交代すべきであったのに、そうすることなく被告人の運転のままで駐車場を出て、道路を走行しており、その距離は約七五〇メートル程度であったとはいうものの、被告人の無免許運転が発覚した事情として、被告人は、無免許運転中に前方に警察官による検問を発見し、自己の無免許運転が発覚することを恐れ、急にUターンして逃走し、二七〇メートル位走行したところで停車し、妻と運転を交代して無免許運転の発覚を逃れようとしていたところを、パトカーで追跡してきた警察官に現認されたというのであって、本件無免許運転の動機に酌むべき点は見出せず、被告人は、平成二年二月から本件までの間に合計一七件(この内、平成三年五月二二日に六件)の交通違反歴を有し、前記保護観察付刑執行猶予の言渡しを受けた事件は暴走族として活動していたときの犯行であり、これらの事柄に徴すると被告人には交通法規遵守の精神が欠如しており、被告人の本件刑事責任は軽視しがたいものといわなければならず、被告人には一九歳の妻と一歳の長男の家族があり、被告人は定職を有し、一家の支柱としての立場にあり、被告人が服役することになれば、右の家族の生活に多大の影響の及ぶことが予想されること、本件の実刑が確定すれば、前記刑執行猶予が取り消され、懲役六月の刑も引き続き受けることが見込まれること、被告人の妻や雇用主が被告人の監督を約していること、被告人は今後二度と無免許運転を繰り返さないことを誓約するとともに反省の情を示していることや被告人の年齢等、被告人のために酌むことのできる諸事情を十分参酌しても、本件は被告人に対し再度その刑の執行を猶予するのを相当とするような情状に特に酌量すべきものがある事案とはいえず、被告人を懲役三月の実刑に処した原判決の量刑はやむを得ないものであって、これが重すぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用については同法一八一条一項ただし書を適用し被告人に負担させないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 池田憲義 裁判官 谷 敏行 裁判官 林 秀文)

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